新旧問わず、音楽に親しんできたタイナウ編集部ワタナベが、未体験だったタイポップを聴いて綴る音楽鑑賞記。「サワディーワタナベ」は未知のタイポップへのサワディ=こんにちは のご挨拶です。
今回聴いたのはタイの大人気男性6人組ダンス&ボーカルグループPROXIEの「Bad Shawty」です。
3週間で800万再生超え。勢いが止まりません!
「Shawty」は親しい女性に対して「かわい子ちゃん」的なニュアンスで使われるスラング。「Bad Shawty」は、振り回されちゃって大変だけど憎めない、心惹かれてしまうやんちゃな女の子、という感じでしょうか。
この曲、一聴して驚いた方も多いのではないでしょうか。
そうです、こちらの曲、20年以上前に登場し、世界で話題になった楽曲を大々的にフィーチャーしているのです。随所にアレンジが加えられていて、カバーではなくタイトルも別の新曲、という位置づけですね。
曲もMVもいいですね、とにかくめっちゃ楽しいです!
後の話にもつながるので、ちょっと元ネタ曲の話と背景を書かせてください。
元ネタの楽曲「Dragostea Din Tei/恋のマイアヒ」はモルドバ出身の音楽グループO-Zoneが2003年にルーマニアでリリースし、世界的にバズった曲。
曲や歌の中毒性、ツッコミどころだらけのMVなど、ネットを中心に爆発的に広まり、ちょっとした社会現象にもなりました。
当時を知る人には「マイアヒ〜♪」「マイアフ〜♪」「ノマノマイェ〜♪」でおなじみですね。13年かけて2.5億再生というのがまたおもしろい。
この曲、当時「恋のマイアヒ」という邦題にもずっこけた。
この謎めいた怪しげな曲についてこっちが知りたいのは「何のマイアヒなのか?」ではなく、「マイアヒが何なのか!?」なのだ、と。
さらに、日本ではその続きもありました。2ちゃんねるなどでおなじみだったアスキーアートの猫「モナー」に似たキャラクターを用い、「恋のマイアヒ」を空耳でいじるフラッシュアニメが出回ったのです。モナーってのはこいつですね。
こちらのアニメも、そのユーモアとクオリティの高さからネットミーム的に瞬く間に拡散され、原曲のさらなる話題化につながりました。
長々と元ネタ曲のルーツについて書いてしまいましたが、「Bad Shawty」が単純に盛り上がれるパーティーチューンであることは間違いありません。2025年のタイ正月のお祭り、ソンクラーンに合わせてリリースされ、SNSを見ても皆さんこの曲で大いに盛り上がった様子。
ただ、個人的にこの曲に深く興味を持ったのはそれだけでなく、今のタイミングでタイのアーティストがだいぶ前の曲を引っ張り出してきた意味を強く感じたからです。
キーワードはズバリ「Y2K」です。
この「Bad Shawty」は、楽曲、ダンス、ファッション、MVのトーンや美術など、T-POP/タイポップにおける「Y2Kトータルコーディネート」を完成させた作品だと思いました。
先述の通り、元ネタの「Dragostea Din Tei/恋のマイアヒ」がリリースされた2003年頃といえば、時はまさにY2K。
そして、いまタイポップ業界はY2Kファッションが大旋風を巻き起こしている最中。
暑いタイでは元々ストリートファッションが根付いていたことから、Y2Kテイストが受け入れられる土壌がすでにできていた、と言われています。
そんな中、ファッションに加え、楽曲の骨子となるサンプリングのチョイスから音づくり、MVの演出、アートワークから色彩まで、関わる要素全てにおいてY2Kが貫く手法はコンセプチュアルでありながらとても痛快です。
どのシーンをとっても、衣装、スタイリング、背景、小道具に至るまでヴィヴィッドな色の洪水が、頭空っぽで盛り上がれる非日常の世界に連れて行ってくれます。
メンバー自身もMV内で何度も過去の世界に瞬間移動してますね。
ラストシーンにもご注目ください。現代(未来?)から過去に戻ったメンバーは、MVサムネにもなっている、タイムマシーンである鍋を叩き割るのです。
これはきっとY2K時代に身をうずめるよ!っていうメッセージですね。
その直前カットでブラウン管テレビがフィーチャーされているのもユーモアです。
さて、音づくりもY2Kに振り切っています。まずテンポは元ネタより結構速く設定されていて、パーティーチューン感を倍増させています。
使われている音も、攻撃的なドラムの音色、軽薄なシンセサイザーなど、当時のハイテク感を呼び覚ましたようなチャラいデジタル音の連続!これも楽しい!
また嬉しいのが、O-ZONEの元ネタ曲が持つ、いい意味での軽さ、うさん臭さやインチキっぽいチャラいノリを引き継いでいる所。
これだけハイレベルの歌唱力とダンス技術を持った彼らがチャラさに全振りしているのは見ごたえがあるし、アーティストとしての懐の深さも感じさせてくれます。
まじめにチャラい!ひたむきにチャラい!
そして何より印象的だったのは、メンバーから楽曲プロデュース/制作陣、MV制作スタッフまで、この完成形をとっても強く共有してできあがったことが想像できる所でした。これって私の感想ですが、関わった人みんなが早い段階で近いものをイメージできていたのではないでしょうか。これはなかなかないことです。
それを裏付ける…、かどうかはわかりませんが、ぜひこの曲のYoutubeの概要欄を見てみてください。
この曲、メンバー、プロデューサーやディレクターはもちろんですが、照明チームから3Dロゴアニメーター、ヘアメイクスタッフまで概要欄にクレジットされているんです!
そんな、スタッフが一体となってつくりあげたであろうMVを観ていると、プロジェクト参加者たちの苦労や結束、連携を勝手に想像してちょっとウルっとすらきてしまいます。
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とはいえ、このパッと見、能天気極まりない曲を視聴して涙を流している姿を誰かに見られようもんなら、「この人はとうとう行くところまで行ってしまったんだな…」と思われること必至ですから、決して人前では観ないように気をつけました。
あー、楽しかった。また観よ!
[文・構成/タイナウ編集部 サワディーワタナベ]