新旧問わず、音楽に親しんできたタイナウ編集部ワタナベが、未体験だったタイポップを聴いて綴る音楽鑑賞記。「サワディーワタナベ」は未知のタイポップへのサワディー=こんにちは のご挨拶です。

今回聴いたのは、タイの大人気俳優・歌手 PP Kritの「FIRE BOY」です。
こちらの楽曲は、Billkin & PP Kritとして活動していた彼自身のレーベルPP Krit Entertainmentからの記念すべきソロデビュー曲。
ソロデビューなのにこのオーラ…。
そして、楽曲としての「こなれ感」がすごいです。
これはR&Bやディスコのような、時代を超えて愛される音楽の流れというか力学、魅力が骨太に反映されている曲と音だからかな、と思います。
数回聴いただけでもう脳内再生リピート決定。
さあ、そんな存在感抜群の一曲のMVとサウンドを楽しんでいきましょう。
まずイントロの印象的なプリンとした音。これはシンセサイザーでクラシックギターっぽい音を表現したっぽい音ですね。あえて本物のクラシックギターを使わずシンセにしてモダンな印象に持っていっているのがわかります。
片目だけ、どアップで目に炎が宿る映像と合わさったインパクトは絶大ですね。期待感を煽ります。
幻想的な深いグリーンの空間が広がり、楽曲の全体像を予想させる前奏、PP Kritの美しい裏声が続きます。
ああ、ミドルテンポの甘くて心地いいR&Bかな、良さそうだな~…
と思った矢先、0:14の衝撃!!
PP Kritの甘い笑顔と繊細な歌声の対極のようなギラっとした激しく歪んだ音がふわっとした雰囲気を切り裂きます。
なんですかこの一瞬場違いなギラギラ音は!?
元々ロック/ギター小僧だったサワディーには、こういう音はスルーできません。
よく聴いてみると、この音、ギターのようだけどギターでは音をあれこれいじくってもこんなに太い音にはならないはず。
…ベースだ! ベースをゴリっと歪ませた音だと想像しました。
日本では巨匠・ex.東京事変の亀田誠二氏もアクセントによくベースを歪ませていました。
ということでベースでやってみました。
やってみたからこその発見もありましたがそれは後述します。
「どこの音のことだよ?」と思う方もいらっしゃると思うので必要以上にギラギラゴリゴリにしてみました。ここです。
これ、最初出てきたとき「えっ!」って驚くんですが、その後も繰り返し登場し、聴いていくうちにどんどん馴染んでクセになっていくとってもいいアレンジだと思います。
弾いてみての発見というのは、音程が、普通のギター、ベースのチューニングから「半音下げ」に設定されていたのです。
だから何だ、と言わずに聞いてください。
半音下げチューニングというのは、クラシックロックからメタル、今の日本のアーティストに至るまで多用されるアレンジです。
先述の東京事変、BUMP OF CHICKEN、ONE OK ROCK、RADWIMPS 、Official髭男dismなどなど、そしてタイのミュージシャンに絶大な影響力を誇るあのX-JAPANなんて、ほとんどの楽曲が半音下げと言われています。
単純にボーカルの音程に合わせるため、という場合もありますが多くの場合は「半音下げによるダークな雰囲気の創出」が狙いです。
バンドマンがよく言う「ワルい音」ってやつですね。だからこのフレーズ、ギラっとワルく光っているんでしょう。
おもしろい発見でしたが、私に絶対音感がないことも露呈しましたね(絶対音感があれば聴いた時点ですぐわかる)。
そんな細かい音づくりに引っかかりつつ何度も聴いて、歌詞の世界も楽しもうと思って驚愕。
「FIRE BOY」の歌詞では「火遊びはだめだよ。危険な目に遭っちゃうから離れていて」というような、魅力的だけど危険な男=FIRE BOYの、近づきたいけど近づけないだけでなく、近づけさせないようにしなくてはならないという、甘くて危険で切ない心情が描かれています。(…と、サワディーは解釈しました)
そこで、さっき長々話して、頼まれてもいないのに実演検証までした「あのギラギラ音」の役割がぴたっ!!と重なったのです。
あの暴力的な音はまさにPP Kritがまとう危険な炎そのものを表現し、曲全体に散りばめられていたんですね。
しかも、楽曲全体を覆う甘くてポップな雰囲気は、映像上では炎を和らげる氷と雪の世界の存在と完全に役割を一致させているようです。
音で物語を表現する方法はたくさんあると思いますが、この、様々な絵の具を自在に使って絵画を描くようなアレンジの鮮やかさは圧巻です。
またいい曲に出会えたー!
…となると気になるのがプロデューサーです。クレジットを見てみましょう。
Executive Producer : THE BELL
Produced : THE TOYS
Lyrics : THE TOYS
Melody : THE TOYS
Arranged : THE TOYS
Recording : THE TOYS
Mixed & Mastered : THE TOYS
何ですと!?
エグゼクティブなとこらへん以外の全てがTHE TOYS!
楽曲を検索してみると、What The Duckレーベルにある本人名義の楽曲「100%」が1.8億再生。
この曲もキャッチーでありながら頭がクラっとするようなトリッキーなシンセサイザーの使い方がクセになるめちゃくちゃおもしろい曲でした。
T-POP/タイポップの沼は深い…。
PP KritのSpotifyプレイリストも、彼の美しいファルセットボイスがたっぷり堪能できて聴きごたえあります。Billkinとの楽曲や、もちろん今回ご紹介した「FIRE BOY」も入ってますよ!
[文・構成/タイナウ編集部 サワディーワタナベ]
