―――2018年のThe People誌のインタビューでは、ムアイさんが初めてボールさんに会ったとき、彼がKurt Cobain(カート・コバーン)のようにアイラインを引き、Dave Grohl(デイヴ・グロール)のTシャツを着ていたと話されています。こうしたアーティストたちが今回の「Hippo」に影響を与えていると思いますが、それ以外にお二人が好きな、あるいはインスピレーションを受けているロックアーティストはいますか?
ムアイ:
そうですね。確実に言えるのは、グランジやメタル寄りのロックでは、Rage Against The Machine(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)が好きですね。僕個人としては、子どもの頃の時代背景的にいうと、Korn(コーン)とLimp Bizkit(リンプ・ビズキット)もよく聴いていました。
そして、この曲は、聴く人が歌詞の意味を理解しなくても楽しめる曲だと思うんです。ギターのリフ、ドラムのビート、音楽のグルーヴを聴いて、一緒に体を揺らせる。難しく考えず、一緒に踊って、一緒に楽しめる曲です。
―――それは「タイロック」や「J-ロック」とはどう違うと思いますか?また、「アジアのサウンド」とは何だと考えていますか?
ムアイ:
おお、難しいですね。
ボール:
タイロックとJロック、ですか。個人的には、違いもあれば共通点もあると思います。タイのロックはシンプルさがあって、“タイらしさ”のモードが潜んでいる。でも同時に、Jロックから影響を受けた曲も多いです。
一方で、今日のJロックという言葉は、すごくサブジャンルが増えていて――いわゆる純粋な“どロック”から、モダンロック、オルタナティブロック、さらにはエクスペリメンタルロックまで、いろんな形に分かれています。
僕はこの2つには交わる領域(インターセクション)があると思っていて、Jロックからの影響も確かにある。
ただ、タイのロックはもう少しシンプルで、そこまで多様ではないかもしれない。でも、その分、聴きやすくて親しみやすい。Jロックは常に進化して、どんどん枝分かれしていく――そんな印象です。
ムアイ:
そう、そんな感じです。
―――“アジア的サウンド”とは何だと思いますか? この言葉の定義についてどう考えていますか?
ボール:
個人的な感覚ですが音楽的な観点で少し話すと、“音階(スケール)”の世界に「ペンタトニック」という分類があります。ペンタトニックは、音と音の間隔がやわらかく、穏やかで、シンプルで、聴きやすい。それをリズムやパーカッションと合わせると、楽しくもなれる。
タイ人はこのスケールに特に馴染みが深いと思います。タイではルークトゥン(演歌調ポップ)やモーラム(東北地方の民謡)など、伝統音楽に多く使われています。日本でも、昔のアーティスト喜多郎とかにも、似た“アジア的”な雰囲気が感じられます。
それがテンポのある音楽に組み合わされれば楽しく、穏やかな曲に乗れば静けさや謙虚さを感じさせる。最近では、アメリカやヨーロッパの音楽シーンでも、このアジア的ペンタトニック・スケールが“新しい”と注目されていますが、僕たちアジア人にとっては昔から馴染みのある音。
少し理論的な話ですが、ペンタトニックを理解すれば、アジア的サウンドの特徴――やわらかさ、親しみやすさ、独自の響きが分かると思います。
―――現在のタイ音楽シーンで、Scrubbのお二人が注目しているトレンドや流行りはいますか?
ムアイ:
そうですね、真面目な話をすると、僕は最近“YOUNGGU(ヤングー)”を研究してます(笑)。
ボール:
ああ、それはだれか知らないよ。(笑)
ムアイ:
最近「Tang Bad Voice」とコラボしてましたよね。
ボール:
YOUNGGU(ヤングー)は、ちょっと変わっているタイ人ラッパーです。
ムアイ:
最初はネタとして軽くみましたが、彼が自分のスタイルを確立してからは、もう笑えないくらい本格的になってきていて。つまり…彼は――最初はユーモラスな方向性で突っ走っていたけれど、彼はちゃんと売れて、音楽ビジネス業界で自分の位置を築いている。正直、驚きましたね。彼が何を考えているのかを知りたいです。今YOUNGGUの道にビビっていますし、尊敬しています。
ボール:
なるほど。僕はどちらかというと、全体のバランスで見ています。以前のタイでは、ローカル音楽(ルークトゥン、モーラム、北部や南部の民謡など)を除くと、音楽シーンは“メインストリーム”と“インディーズ”にきっちり分かれていました。それぞれにコミュニティがあり、ファンとの関わり方も違ったんです。
でもこの10年で、“インディー”と“メイン”の境界線が溶けて、今ではほとんど区別できないほどです。
今は、アーティスト一人ひとりがそれぞれの“コミュニティ”“部族”を持っているような時代。
昔は、成功=メインストリームに進出すること、という考えがありました。でも今は、自分の“部族”――つまり独自の世界観・ライフスタイル・言葉・ファッション・発信方法を持っていれば、インディーのままでもやっていける。小さな“部族”の代表で言えば「Lahn Dokmai(ラーン・ドック・マイ)」のように、決して聴きやすい音楽ではないのに職業として成り立っている。一方で、“大きな部族”の代表が「Potato(ポテト)」のようなメジャーバンド。彼らにはリーダーのパップさんがいて、ライフスタイルや語り方など、ひとつの文化として確立しています。
だから今は、メインかインディーかという分類ではなく、“自分のカルチャーを持っているかどうか”が成功の鍵だと思います。規模が大きくても小さくても、明確な文化があれば支えてくれる人が必ずいる――そう感じます。今このことを勉強しているのは、この部分の変化がすごくはっきり見えるからです。僕は、そこに何かの「動き」や「推進力」を感じます。僕らは以前、「成長するためには多くの人に好かれなきゃいけない」「すべてを完璧にしなきゃいけない」という時代を生きてきました。でも今は違っていて、「自分はこの分野が得意なんだよね」って言って、その部分を突き詰めて良いものにしていけば、それに共感してくれる人が集まって、ちゃんとやっていける時代になったと思います。
―――Scrubbとして、これからも音楽を通して大切に伝えていきたいテーマや想いはありますか?
ムアイ:
そうですね。僕たち2人とも、こうして再び本格的に音楽制作に戻ってきて、新しいレーベルにも所属して、新しいやり方を見つけつつあります。今はHEN(ヘン)からのプロデューサーのフォーさんと一緒に“ソングキャンプ”のように、同じ空間で一緒に曲を作っているんです。以前はそれぞれが別々に作って、あとでまとめるスタイルでしたが、今は一緒に座ってゼロから作る。
お互いにより心を開いて話すようにもなって、すごく新鮮です。今後4〜5曲ほど新曲を出す予定なんですが、どの曲もまったく違うテイストです。ある意味リセットした状態で、自分たちの好きなものを自由に試していく時期だと思っています。だから、ぜひ楽しみにしていてください。僕自身、この“ソングキャンプ形式”での制作が本当に楽しくて、来年は若い才能あるアーティストも何人か呼んで一緒に作ってみるかもしれないです。
まだまだ自分たち自身も“次にどう進化していくのか”にワクワクしています。型にはまらず、自然な流れの中で音楽を作っていきたいです。
―――それでは最後に、日本のファンの皆さんへメッセージをお願いします。
ボール:
あざす!(日本語で)
まずは、日本の皆さんに心から感謝を伝えたいです。
ムアイ:
あざす!(日本語で)
ボール:
これまでずっと応援してくださって、本当にありがとうございます。
僕たちはここ数年、毎年日本でライブをさせてもらってきました。そして今もSNSでたくさんのメッセージをいただいています。いつも日本の皆さんとまた会えるように、いろんな方がつなげてくれていることにも感謝しています。
そして今回、新しいアルバムから先行して「Hippo」という曲をリリースしました。日本のギタリスト・Ichika Nitoさんとのコラボ曲です。Ichikaさんは才能にあふれた素晴らしいアーティストで、彼の美しい音色はきっと日本の皆さんにもすぐ気に入っていただけると思います。近いうちに、また日本でお会いできる日を楽しみにしています。どうか『Hippo』を聴いてください。応援よろしくお願いします。
ムアイ:
あざす!(日本語で)
Ichika:
ぜひ聴いてみてください!!
Scrubb プロフィール
リード・ヴォーカルのThawatphon Wongbunsiri(通称:Muey)とギタリストのTorpong Chantabubpha (通称:Ball)の2人によるタイPOPバンド。
デモ曲がタイ国内のラジオで一躍注目を浴び、その後2003年にメジャーアルバム「SSSSS..!」を発表。そのブリットポップのスタイルと独自性が評価され、その年の音楽アワード賞を複数受賞した。その後も作品をリリースし、数多くのファンを魅了している。ドラマ『2gether』では、Scrubbが好きすぎる原作者が、彼らの楽曲にインスピレーションを受けて『2gether』のストーリーを構想。
その為、数多くの楽曲がドラマの挿入歌として登場し、ドラマの特大ヒットとともにタイ国内だけでなく、世界中にファンを増やしている。
▷X: https://x.com/scrubbband
▷インスタグラム:https://www.instagram.com/scrubbband/
▷ YouTube : https://www.youtube.com/c/SCRUBBMUSICTUBE
Ichika Nitoプロフィール
英国のギター雑誌「トータル・ギター」の読者が選ぶ「史上最も偉大なギタリスト100人」で「今世界で最もホットなギタリスト」として第8位にランクインし、世界で最も熱い日本人ギタリストの一人。
ジョン・ペトルーシ(ドリーム・シアター)やピート・タウンゼント(ザ・フー)などの世界的ギタリストをはじめ、ゼッド、マーティン・ギャリックス、数々の楽曲をプロデュースしたジョン・カニンガムなどの世界的アーティストからも絶大な支持を受けている。ホールシー、XXXテンタシオンなど。
感性と唯一無二のギタースタイル、音色、テクニックは海外でも高く評価されており、楽曲提供や作曲参加の声が絶えない。
ギタリストというカテゴリーにもかかわらず、インスタグラムには 70 万人以上のフォロワーがおり、YouTube チャンネルには 200 万人以上の登録者を誇り、これらの結果は彼の世界的な人気を示している。
▷X: https://x.com/ichika_mo
▷インスタグラム:https: //www.instagram.com/ichika_mo/
▷ YouTube : https://www.youtube.com/@ichika_nito
SCRUBB feat. Ichika Nito – HIPPO (Official MV)はこちら
「Hippo」がつなぐ、タイと日本、そしてアジアの感性
Ichika Nitoとの出会いを経て、Scrubbが鳴らした「Hippo」は、まさに“今のアジアの音”を象徴する一曲でした。
そこには国境を越えた友情と、音楽を通して響き合う感性があり、互いの個性がひとつの波のように溶け合っています。
タイと日本、そしてアジア全体がひとつのステージになりつつある今。
Scrubbの音楽が示すのは「正解」ではなく、“心のままに表現していい”という自由さ。
その優しさと誠実さは、これからの時代を生きる私たちの背中を静かに押してくれるようです。
次の旅路でどんな音を聴かせてくれるのか。
これからも彼らの音楽を通して、アジアの未来を一緒に感じていきたいと思います。
音楽が持つ力、そして国境を越えてつながる温かい絆。
そのどちらもが確かにここにあると感じられる、特別なインタビューとなりました。
[文・構成/タイナウ編集部]





